釣行記

この「アカメ」を、我が友に捧ぐ|憧れの巨大アカメを釣るまでの軌跡

憧れの巨大アカメを釣るまでの軌跡,フィッシングスタイル
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前置  この事を記事にするにあたり、私自身 かなり迷いましたが、いろいろと思うところもあり 述べさせて頂くことにしました。 

実釣の話題も少なく 簡素化されており、個人的な身の上話や 敬遠されがちな文面もあります。 私は 人様に胸を張っていえるような 人生を歩んできたわけでもなく、特別な釣りの経験を持っているわけでもありません。

しかし、この事なくしては 今の自分も、自分の釣りも 成り立たなかったと思います。

その旨を 踏まえていただき、何卒 ご理解のほどよろしくお願いいたします。

 

古より広がる海 ただこの海を釣る あるがままなり hideです。

 

私にも 手の届かないかもしれないような 一度は釣ってみたい 憧れの魚があります。

かなり昔からで、中学時代から 頭に思い浮かべていたと思います。

それが「アカメ」です。

 

アングラーであれば 一度は頭をよぎる魚ではないでしょうか。

日本三大怪魚の一種であり、とにかく 見た目が格好よく、まるで古代魚のようで メーターオーバーがざらにいるといわれます。

しかし、現在では 高知県でしか 釣りを許可されておらず、釣り上げた魚は、必ずリリースする事を義務付けられています。

 

そんな希少種のアカメを、 私は 1度きり、1年間だけ、狙ったことがあります。

他の釣りは一切せず、 丸1年、「アカメ釣り」だけをしました。

高知への 総釣行回数は、32回。 週1の休日しかない私にとっては、気でも狂ったかのような 遠征釣行の頻度でした。 

 

私には 小学校から高校まで 同じ道を歩んだ親友がいました。 元々自分も 釣りが好きだったのですが、どっぷりと釣りにハマり出したのは、彼の影響が大きかったと思います。

小学生時代から早々と、二人そろって「釣りキチ」が発病していました。

朝は 登校前のまだ暗いうちからバス釣りに行き、急いで帰って学校へ行く、学校が終わるとすぐ帰宅して釣りに飛び出していき、遅くなり暗くなってから帰宅して 怒られる、という毎日を送っていました。 今になって思うと 超ハードな釣りバカまっしぐらの道を進んでいました。

 

しかし、彼と出会う小4までは 幼稚園時代からずっと 地獄の日々を送ってました。 丁度 この時代は、教育ママというものが流行っていて 子供に習い事やスポーツをさせて、母親が満足するというもので 子供からしてみれば人形扱いされ、迷惑でしかありません。

幼稚園や小学校から帰宅すると、友達と遊ぶため外に出ることも許されず、カンヅメ状態です。そこから毎日 週5の 日替わり習い事コースです。車で送られ、終わるとお迎えが来て 家に送還・・・(笑)。

 今でもトラウマのように覚えているのが、幼稚園の時はピアノも習っていて(習わされていて)、発表会前なので 家で自作曲の練習をさせられていました。でも 難しいフレーズの箇所で いつも上手く弾けずひっかかり、その度に 横に座って見張っている母親に 間違えた手を 指揮棒でビシッと叩かれ、段々と涙があふれてきてケンバンが涙でにじんで見えなくなった事を あれから何十年もたつのに まだ覚えています(この恨みは死んでも忘れない)。

 

まあ、そんなこともあり 小5くらいの時に 子供の教育について父親 母親がもめて、必要不可欠なものだけになって ようやく 自由を手に入れたという感じです。そして 今までの分を取り返すように突き進んだ結果、「釣りキチ」の発病に至ったという訳です。

高校を卒業すると 彼はご両親とともに 地元の四国へ帰ることになり、私は 大学へ進学する事になりました。それからも 年賀状やたまに手紙のやり取りなどはしていましたし、それは 社会人になっても続いていました。(携帯ではなく、何故か手紙でしたねぇ)

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憧れの巨大アカメを釣るまでの軌跡

 

あれから何年か経ち、私も彼も 家族に恵まれ 年賀状には家族写真が多くなり、温かい気持ちにさせられました。 

ある時、彼との手紙のやり取りの中に 大魚(アカメ)が写った写真が同封された手紙がありました。 この当時は既に ショアジギング(釣れない釣り)に夢中だったので、この写真を見た瞬間 忘れていたものを思い出したかのように「アカメが釣りたい」という気持ちが、膨れ上がっていきました。自分の中で「釣りたい」から「釣る」と決断するまでは、時間を必要としませんでした。

 

そうと決まれば 彼(K氏)に何度も連絡をとり、情報収集を開始します。彼は今、漁協関係の仕事についているそうで、数年前にはアカメ釣りにハマっていたらしく、メーターオーバーだけでも ゆうに2ケタ以上は上げているそうです。

それと 私がイメージしていたアカメ釣りとは違い、民家の間を流れるドブ川でも釣れるし サイズを求めなければ、河口のテトラ際で 条件が揃い 運が良ければ 1日に2、3匹釣れることも珍しくはないそうです。(50~60㎝の幼魚)

そして 彼から「どのくらいのサイズが釣りたい?」と尋ねられたので 私は「あの写真で見たメーターオーバーのアカメが釣りたい」と即答しました。

彼は 私がそう答えるのを分かっていたらしく、「やっぱりそうよなぁ」と笑い返してきました。そうなると、1年中 狙うことはできるが、メーターオーバーの確率が高いポイントは 限られてきます。 

アカメは基本的に回遊魚であり、大型を狙うのであれば「居つき」のアカメが数多く生息するエリア「浦戸湾」が大本命になるそうです。

高知県

 

その当時 彼は、高知市の一宮中町という「浦戸湾」が一望できる山手に住んでいました。もちろん彼は アカメにハマっていたというので、「浦戸湾」に精通しています。 その彼が、私のガイド役をかってでてくれるそうです。 何よりも心強い味方です。

昔から彼は自分で思ったこと、感じたことを 惜しげもなく私に教えてくれ、私も彼には 自分の考えや 推察した情報をすべて伝え 一緒にすり合わせをして 答えを導き出しました。なので釣りに対する考えや 感覚は、自然に似てきたのだと思います。

 

今回は 彼の助言を参考に、タックルを選びました。まず、

 

  • ロッドは、ゼナックのアカメ専用のベイトモデル
  • リールはダイワのベイトリール
  • PE4号300m
  • リーダー60~80lb

 

これがメーターオーバーのアカメをしとめる 私のタックルです。

彼が強く言っていたのは、この頃は シーバスタックルの延長のようなタックルを使い、軽い気持ちでアカメを狙うアングラーが多すぎる それで獲れるのは 70~80㎝の幼魚止まり。

しかも その幼魚でさえかなりの時間がかかる。そんな弱り切った幼魚をリリースしたところで その場は 元気そうに戻ったとしても 後に何らかの障害が生じて 生存率は、6割程度。

彼の言葉を聞いて、私も 認識が甘かったことを痛感させられました。

 

彼から 後でもう一度、「最大固体がかかったとしても、必ず獲れるタックルを選んでほしい」とお願いされました。 この事に関しては、私も常日頃から 実践しているので 「安心してくれ」と伝えました。 その話に続いて、やり取り ランディングのコツ、陸に上げてからの魚への対処方法、リリース時の注意点、などを教わりました。

 

現在は、絶滅危惧種への認定 一歩手前の段階で、これから数が減少していくと 日本国内で アカメ釣りのできるエリアは、完全に消滅してしまうそうです。

 

それからは、月に2度ペースの釣行に 必ず彼が同行してくれ、詳しく丁寧に ポイントや攻め方について、説明してもらいました。 そしてメーターオーバーのアカメを釣るには、運に左右されることも多く 手返しの多さも重要になります。かと言って、無駄打ちはしない。 あと 吸い込むようなバイトをして 捕食が下手なので、とにかくスローに攻める。

常に 魚の目先を通してる感じをイメージして、ピックアップ寸前まで気を抜かないようにと、繰り返しアドバイスを受けました。 

 

そのかいがあって 6回目の釣行で、湾口のテトラエリアで 初のアカメを釣りあげることができました。 サイズは 82㎝、メーターには届かなかったですが 実物はやっぱり格好良く、重量感があり すごい迫力です。

食ってきたのは ピックアップ寸前で、手前のテトラ下から ヌーッと 姿がくっきりと現れ、ゆっくりとした動きで ルアーを バフッと丸ごと吸い込みました。 本当に目の前(足元から2m先)だったので、その迫力に 圧倒されるというか ショックを受けました。

それと、この濁りが入った海に生息しているのも、アカメにとっては都合の良い条件なのではないでしょうか。 間近に来るまで あの大きな魚体が 見えなかったので、濁りが身を隠すことに 一役買っているのではないかと思います。

 

その後も このペースで釣行を重ね 高知へ通い続けて10ヶ月、3匹のアカメを 釣り上げることができました。 しかし 残念ながら 目標には届いていません。

これから秋を迎え、いよいよハイシーズンに入ります。回遊型のアカメも増えてくるので、気持ちをリセットして 根気強く狙っていくつもりです。

 

そして 彼もまた、今からが サイズも数も望める好機とみて 

「これから水温が下がりきるまでは、このポイントだけで竿を出せばいい。手数もいらんし、逆に ここっていうタイミングで打って それ以外は打ったらあかん。ここで絶対に出るから 信じて打ちや。」

と彼自身が 最も結果を出してきたポイントを教えてくれました。

 

それから1週間後、いつものように 事前にエントリーする時間を彼に連絡し、10月初旬に高知へ向かいました。 ポイントはもう決まっているので、彼が 後から合流することになっています。 少し遅いなと思い お昼ごろ 彼のケータイにかけると、マナーモードになっていたので 仕事の都合だろうと 気にせずに釣りを続けました。

この日は AM5:00~PM6:00までの予定でした。 彼のことは気になりましたが、家族持ち出し、いろいろあるのだろうと、翌日も仕事なので 帰路に向かうことにしました。

彼には 後日改めて連絡を入れようと思っていましたが、納期が迫った仕事が山ほどあり、3, 4日は 社畜と化していました。 

やっと仕事もひと段落ついたので、また 次の釣行予定を彼に連絡しようと ケータイへかけると、電源オフ圏外コールになり、これはおかしい 嫌な予感がよぎったので、実家に連絡を入れました。 彼の母親が電話に出たので、私のことを説明し 事情を聴きました。 信じられないことに 彼は もうこの世を去っていました。 前回の釣行の日 私と合流するため家を出た先で、信号無視したトラックと 出会い頭で衝突し、彼の車は大破 即死だったそうです。 彼の死を耳にした瞬間 意識がとびました。私は何も言えず、有難うございました とだけ言い、電話を切りました。

その後は 何も考えられず 体を動かすこともできず、目をつむって心の整理がつくのを待ちました。 とりあえず 翌日から有休をとり 彼の実家へ向かうことにしました。(一つ心に引っかかるのが、実家と彼の家族は2世帯住居なので、奥様やお子様とお目にかかるとしたら 正直、辛すぎて耐えれるかどうか 自信がありませんでした。)

 

翌日、彼の実家に着くと ご両親様に出迎えていただき、仏間の方へ案内されました。

何とも言えない 空気の重さを感じました。 お線香をあげさせていただき、少しの間 ご両親様とお話をしている時、奥のふすまの向こうから まだ小さな子供の 無邪気な声が聞こえ、いてもたってもいられなくなり 丁重に挨拶をして、ご実家を後にしました。

何も考えられず ただ車を走らせていると、気が付けば いつものポイントに来ていました。 ずっと海を見ていると、ふと 彼がこの場所で 私に言った言葉を思い出しました。「俺を信じてや、絶対に釣らしたるから ヒデ君やったら絶対に釣れる 約束するわ。」私には、彼のためにできる事は ほとんどありません。 あるとすれば ただ一つ、約束してくれた事を実行し、果たせた事を 彼に報告する。 そう、心に決めました。 

 

この「アカメ」を、我が友に捧ぐ

 

それからの私は、何かに取りつかれたように 毎週、日帰り釣行で 高知へ通い続けました。

そして、ついに 約束を果たす時が訪れました。 12月中旬 水温が少し下がり始めた頃、いつも通り ストラクチャーの際ギリギリを デッドスローで通すと、今まで見えていたルアーが突然消えました。 

それと同時に、私の左半身に 肩までくる とてつもない衝撃と重圧がかかり、左腕が一直線に伸びて あともう少しでロッドを手放してしまいそうになります。

すぐに この手ごたえはこれまでとは違い、大型のアカメだと確信しました。

すぐさま、3度も 4度も追いアワセを入れ、フックアウトしない程度の わずかなテンションを残して、後は思いっ切り走らせます。 あれだけの巨体なので、酸欠状態になって止まるまで 息をのんで待ちます。 裕に100m以上走ったところでスローダウン。

完全に止まる前に 徐々にロッドを立て、重みをのせていきます。

ここからファイト開始。 ロッドは異常な曲がりを見せていますが、バット部分は揺るがず この重圧をしっかりと 胴でタメている感じです。 何とか あと15mというところまで寄せてくると、ここから強烈な抵抗を見せます。

とにかく魚が大きいので、一つ一つの動きに 重量が加わって、身をよじっただけでも ドラグが泣き、糸が出るわ、その度に竿先は海面に突き刺さるはで とんでもない化け物です。

そんな苦しいやり取りをしながらも 浮かせて来ると、やっぱり どこから見ても 化け物です。 体長は確実にメーターオーバーと分かりますが、 体高が 超絶エグイ、まさに ブラボー ファンタスティック。 当然、こんなカッコイイ魚を見るのは初めてです。

ランディングは 魚を傷つけないように、あらかじめ準備しておいたシートの上に 誘導しました。(これも彼から教わったランディング方法です。) 思ったよりスムーズに行きました。 急いで計測してみると、「119㎝」

 

そのメモリを見た瞬間、いつも一緒に釣りをしてきた 子供の頃の彼の面影が 思い出が 

次々と 浮かんできて あふれ出してきて、 涙が止まらない。

大の男が、人目をはばからずに 泣いてしまいました。「やったよ 釣れたよ」と心の中で彼に語りかけ、魚のケアをしてから 優しくリリースしました。

 

約束を果たしたときは、直接 彼に報告しようと決めていました。 まだ お昼を回ったところなので、身支度をして彼のもとへ向かうことにしました。 ご両親様には、事の経緯をご説明して もう一度お線香をあげさせて頂きました。 そして 彼に報告し、感謝の意を伝えました。 それと 邪魔になるかもしれませんが、許可を得て 私が この1年使ってきた ロッドとリールを、彼のそばにそなえさせて頂き 実家を後にしました。

 

私のアカメ釣りは 今日で最後です。

 

この後しばらくは 釣りに行くこともなく、彼のことや これまでの自分の釣りを 思い返していました。 この時から 私の釣りに対する姿勢が 変わってきたように思います。

釣りをしない人には、たかが釣りと思われると思いますが、釣りを通していろんな人と巡り合えば、海だけではなく 自然環境についての考えを共有でき、釣りをするからこそ 環境の変化を 敏感に感じることができると思います。

特に最近では、釣り人のマナーの低下が問題になり 釣り禁止エリアも増加傾向にあります。 釣ることだけにのめりこんで 他が見えなくなってはいないでしょうか、やはり アングラーとして 釣りを続けていくのであれば、そのフィールド 海を守っていかなければならないと思います。 

私ごときが 偉そうに言える事ではありませんが、これは 自分自身に対しての イマシメでもあり、ネガイでもあります。

 

長々と 独りよがりの話をしましたが、釣りをしている時だけは しがらみから解き放たれ

自然の摂理の一端をかいま見、海に向き合う ただの人であり ただの釣り人なのだと。

これが 私の ひととなりです。

あるがままなり

  

最後まで ありがとうございました。

では、 また。

 

【HIDE’S  TACKLE】

ロッド|ゼナック デフィーバーン アカメ DB‐B98

 

ゼナック

参考:ゼナックHP

 

リール|ダイワ ソルティガ 35N

 

 

ライン|ジガートラストPE4号 300m

 

廃版

    

リーダー|バリバス ショックリーダー フロロ60~80lb

 

 

ルアー

 

  • (猛闘犬丸)ミノペン丸 11㎝、14㎝
  • (トミペン) 11㎝、14㎝
  • ショアバレット 130 SSR 
  • (レプトン) Eペン 13㎝
  • (ダイワ)ショアラインシャイナーSL17  ,R-50   
  •  レッドペッパーマグナム 11㎝、14㎝
  • (トビペン)11㎝、13㎝、 
  • (タックルハウス) K-TEN  K2F-142
  • (エイムス)アローヘッド120F
  • (ジャクソン)アスリート 120F 
  • (猛闘犬丸)フトペン丸 12㎝

 

筆者プロフィール

 

 

HIDE’s article

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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ABOUT ME
morio
福岡県から五島市に移住して、離島の静けさやキレイな海、活き活きとした魚達に日々触れて、自分自身が五島列島の魅力を感じながら生きています。
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